伝えたいことがあるわけではなければ、
まとまった文章でもない。
ただただ、脳内でとどまった思いたち。
できること、得意なことは、
やりたい、好き、になる。
至極当たり前のことではないだろうか。
自分の思い通りに筆が動くなら、
文章を書くことだって、絵を描くことだって、
きっと躊躇いはない。
思い通りに身体が動くなら、
走ることにだって、競技をすることにだって、
きっと前向きになれるだろう。
私は、歌うことが得意ではない。
声自体、嫌いではなくなったのが、
やっと、最近のことだ。
さて、私のもっとも好きなことのひとつは、
歌うことだ。
歌が上手いと、声が良いと言われる人は、数多といるなかで、
私はそこに該当しない。
けれど、歌うことが好きだ。
と思って疑ったことはなかった。
一度抱いた疑心は、
そう簡単に手放すことはできない。
自分自身が手を開いても、一生離れてはくれないかもしれない。
誘因の気配が近くにある限りは、特に。
できることでなければ、得意でなければ、
好きであってはならない気がした。
好きだと主張するたび、表現するたび、
それが好きだ、という気持ちで埋められていた部分が、
丁寧に、丁寧に、えぐられている気がした。
体を動かすことが、得意だった。
けれど、嫌いな教科は、迷わず「体育」
人格形成の途中ですら、そう思っていた私には、
できる、できない、好き、嫌い、は、
依存し合うことのない概念なのかもしれない。
そんな矛盾を、乖離を、
見ないふりし続けるために、
あわよくば、前を向いて、肯定してあげられるように、
私は、詠う、謳う。

